「ミナミの帝王」というのをこの間見て、義理と人情の世界だったのダ!
まさかの!?ていうかどこで見たの(笑)
今回のテーマの選定理由
最近のドラマの展開を見ていると、「え、義理や人情はないの?!」という驚きの展開をするものが多く、価値観の移り変わりの中で、義理と人情はどう捉えていったらいいのか、みなさんと議論したいと思いました。
今回の一番のきづき
義理と人情は大切!とはいえ
自分の信念に沿って
人間関係を決めるのがもっと大切
義理と人情は大事〜と極端になりすぎると辛い時もあるかもね
環境を変えると、新しい出会いもありそうなのダ!
少し噛み砕いて
義理と人情をもとにすると、一度関係を持ったら決して離れないという考え方になることが多いかと思います。ご縁は大変貴重なもので、願わくばどんなご縁もずっと大切に持ちたいものです。ですが、関係を続けることでどんどん悪い方向に進んでしまうこともあるかと思います。
第2回でも出た犀の角(さいのつの)の話には続きがあります。「学識ゆたかで真理をわきまえ、高邁・明敏な友と交われ。いろいろと為になることがらを知り、疑惑を去って、犀の角のようにただ独り歩め。」これは、付き合う人によって自分は少なからず影響を受けるので、付き合う友は選びなさいということです。腐れ縁ではなく、その人を見て付き合いましょう。
なるほどね〜!いい刺激をもらえる関係的な?だらけモードな勉強会はやる気あった人も巻き込まれてだらけるよね〜
人間関係は、私たちの知恵と成長の源泉です。人との交流は、人生を豊かにします。しかし、人によっては関わることで自分の精神状態がどんどん悪化していくことがあります。完全に縁を断ち切らねばならないという話ではございません。人は変わることができます、一度遠ざけた人とも、良い方向に向かえば、再び交流を持つことはあり得ると思います。
「久しぶりに会うとびっくり!」この間見たドラマの”同窓会マジック”なのダ!
ミカちゃんドラマ見てるね〜!?ちょっと違う話な気もするけど(笑)
人はしばしば、周囲の環境や他者に引っ張られがちです。しかし、仏教は私たちに、環境に流されず、自分自身の信念に従って行動することを教えています。これは、義理と人情のバランスを取る上で非常に重要なポイントです。最後、決めるのは自分です。
でも、「義理と人情」はよい点もいっぱいあるのダ!
義理と人情のポジティブな面は、なんといっても人とのかかわりを大切にするところでしょう。そして、それは多様性という話も飛び交う現代社会においてなくてはならない考え方と思います。
わたしは最近、「嫌いだな、付き合いたくないな」と思うひとAさんと出会ったときに、Aさんと一緒にいる人たちの付き合い方をみるようにしながら、なるべく自分もAさんとのかかわりを絶やさない方向を模索するようにしています。
どうしても人はフィルターを作ってしまいます。自分のみるその方と、他の方がみるその方には見えている面・捉えられている面が異なり、その面をみると、「あ、この人ってそうなんだ」と気づける良い・悪いポイントがあるかもしれません。
現代社会では、人間関係から完全に逃れることは難しいです。特に家族や職場など、特定の環境では離れることが困難な場合もあります。しかし、私たちは、この複雑な社会の中で、義理と人情の適切なバランスを自分で見つけることによって、より意味のある人生を送ることができるのではないでしょうか。
その他の面白かった論点
人に「間違ってるよ」ということの難しさ
明らかに騙されてそう、と思った時に、「それ、騙されてますよ!」と言うのって難しいですよね。「僕ならこうしますけどね」とだけ伝えてます。人を変えるのは難しいのでその人がそれを聞いてどう思うかはその人次第。いい塩梅の距離を取ることに徹しています。
僕は間違っていると思うときはハッキリと「間違ってますよ」と伝えます。敵は多いですけど(笑)
間違っているよと伝えて正しい方向に向かわせようとするのも義理といえば義理ですが、、人間間違っていることを指摘されるのほんと嫌いですものね、、。伝えるのも伝えないのも自分の考え方次第としかいいようがないですけど、ある程度対応方法が一貫している方が信頼されそうですね。
伝え方の問題もありそうですね。「こうした方が絶対いいよ!」と伝えるときに、指導者と部下だと、伝える側がストレスを晴らす思いで伝えるとよくないですね。しつけなのか感情をぶつけているだけなのか。そこは自分をコントロールして感情で話さないことを徹底することが大事ですね。
私は失敗しそうと思っても流しちゃうかな〜それでほんとに失敗したら励ますね!
玲ならそうしそうなのダ
今回の記事への感想集
人間は時にその時の感情に流されて言ってしまったり、行動してしまう。それ自体、悪いことではない。しかし、その時の感情に流されて仕方がなく付き合ったり、腐れ縁だからって嫌々ご飯に行ったりするのは自分にとっても相手にとっても良くない。だからそのことを踏まえてうえでその相手と関わるかを考えてみるのも大事だと思う。
その人に嫌われようと、間違っていることは間違っているということを伝えることも優しさだと気づいた。ただし、その伝え方に、自分のストレスや、鬱憤などの感情をいれていないかが、最終的に相手にどう捉えられるかが変わってくる事だと思い、最終的に大事なのは自分自身が相手にどういう心根で対応しているのかが大事だなと感じた。
ブラック企業で疲弊してしまった知り合いが何人かいるが、その人は周囲に義理立てることに固執し、周囲もまた義理と人情でその人を縛り付けていた印象がある(「〇〇しないなんて非情な人だ」など)。人に誠実であることは大切だが、義理と人情に固執しすぎると、悪い人付き合いを過剰に続けてしまう。今回改めて、義理と人情を貫くに値する人・環境を探していくことが(とても難しいことだが)大事だと強く思った。
ミカちゃん、また飛ぶ場所予定してたところとずれてない??
義理と人情に免じて許してほしいのダ!
それ自分で言ったらダメなやつ(笑)
義理と人情!私こう見えて「走れメロス」好きだったのよね〜